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2009年5月 1日 (金)

ストレスが私の肺胞をアタックし続けた結果、肺気腫に

肺気腫とともに「今日一日」さんから…突然肺気腫となられたのですか。それまでに、息切れとか咳・痰など肺気腫を予測させる兆候はなかったのですか。…というコメントを頂きましたので、私が肺気腫に至ったプロセスを少しだけ書いておきたいと思います。

Haizara私は酒は全く飲まないのですが、富士、SHINSEI、ビース、HOPEとタバコ街道をまっしぐらに走り続けてきた、馬鹿へビースモーカーでした。当時は「俺は命をかけてタバコを吸っている」のだからと、禁煙を勧める人に嘯いておりました。

当時の私は病気などした事がない…いたって健康でした。その私が、今から12〜13年ほど前から、なんとなく動悸や息切れを感じ始めたのです。少し運動をすると息が切れる。動悸が激しくなる。これが最初の分岐点だったのです。しかし当時はあまり気にせず、動悸息切れには「救心」と勝手に思い込んで(幼少のころに不整脈があるという診断を受けた記憶があったので…)、「救心」を愛用していたのを覚えています。

そしてある日、仕事が一段落をしたので軽い気持ちで「一日人間ドック」の検診を受けたのです。結果は特に大きな問題はなかったのですが、検査医師から、呼吸器科で検査を受けてください。…と軽い口調で言われたのです。軽い口調だったので…まあいいや…と軽く考えたのが2点目の分岐点でした。そのまま検査を受けなかったのです。

hope.jpgその後も、仕事でストレスをためながら、そのストレス解消のためにタバコを吸い続け、自分の肺胞を自分の手で壊しながら、一歩一歩「肺気腫への道」を歩んでいたのです。

そして、ついにある夜、血中の炭酸ガス濃度が高くなり、救急車で運ばれたのです。

私は、あまりストレスを感じない人間だと思って生きてきました。ショックな事があったり嫌なことがあっても一晩寐れば明くる朝はケロッとしているタイプなのです。だからストレスで胃を痛めたりはしなかったのです。

だけど私の場合は、ストレスのはけ口を肺に求めていたのかもしれません。どこかに圧がかかり続けると必ず何処かが破れるように(破れることで圧を逃がすのですが)…私の場合は胃ではなく肺だったのかもしれません。

だから私にとって…「酸素が欲しい! O SANSO!!」は切実な日常なのです。

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