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2015年7月 1日 (水)

このブログは、少なくともしばらくは、このまま残せることになりました

皆様、故・高瀬勇の妻、高瀬まどかです。

昨日、またしてもニフティさんにいろいろとご質問・ご相談したところ、私がこれまで理解していなかったことが、いろいろとわかりました。

まず、このブログは、ニフティさんの基本のブログのデザインの上に、主人が、かなり手の込んだデザインを独自にほどこしてしまったブログです。
このブログを、ニフティのサポートの技術窓口の方に、実際に見ていただきました。
そうしたところ、このブログを、私が新たに契約するブログに引っ越しさせようとすると、どのような方法を使ったところで、画面が崩れてしまって、読めないものになってしまう可能性が高い、ということを言われました。
たとえ、本文だけを引っ越すことにしたとしても、そうなってしまうおそれがあるんだそうです。

一方、このブログの利用料金ですが、我が家で使っているニフティさんのインターネット・プロバイダ・サービスの利用料金自体が、利用者名義を私の名前にして契約し直し、私名義の口座から自動引き落としになるように変更してあるので、この主人のブログの利用料金も、もう、そこから一括で引き落とされるような設定にしていただいてあるんだそうです。(そうなっていたとは知りませんでした。)

ということは、このブログは、何もいじることなく、このまま置いておくことができるし、また、そうするのが、いちばんよい、ということになりますよね。

そういうわけですので。

皆様。
さんざんお騒がせしましたが、このブログは、これからも(いつまでかはわかりませんが)、このままで、ここに残ります!

私が、先々、老後の資金が乏しくなって、このブログの微々たる利用料金を払い続けるのさえ、ちょっと惜しいな、と切実に思うようになるまでは(笑)、ここに置いておきます。

そして、主人と同じ閉塞性肺疾患という病を持つ方々から、なにかご質問などがあれば、私も、主人の介護経験などから、わかる範囲で、このブログを通じて、お返事をさせていただこうと思います。
(お返事は遅れるかもしれませんが。)

ですので、皆様、どうかこれからも、よろしくお願いいたしますね。

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コメント

高瀬まどか 様
多大なご苦労おかけしまして申し訳ないという感情と共に感謝の気持ちでいっぱいです。O-SANSOさんのブログ、およびその中の情報や言及されていましたPC関連設備はプロでなければできないものだと感じていました。お元気なうちは更新も頻繁で、彼にとってこのブログの大きさが今更感じられます。
維持費用のこともありますので、財政的にご無理をなさらないでください。
奥様のご健康をお祈りいたします。

投稿: egechan | 2015年7月 8日 (水) 15時00分

はじめまして。
ご主人様の ご逝去 心よりお悔やみ申し上げます。
私の父も肺気腫で先日 他界しました。
66歳でした。
在宅酸素をはじめ3ヶ月目にナルコーシスになり マスク型の人工呼吸を夜間するようになったのですが、それからいろんなことがあり、マスクを外すと逆に苦しくなって食事の30分以外はマスクが一日中外せない状態でした。
在宅酸素をする前は、自分で車を運転したり一緒に旅行に行ったりしており、1回目のナルコーシスになった後も外食したりリハビリしたりできるまでに回復したので、その後急激に悪化し寝たきりになってしまったことがいまだに受け入れられないでいます。
マスクを外せなくなってもどうにか離乳食のようなものを家で作り食べさせていたのですが、飲み込むのも苦しい様子で本当に自分の看護が良かったのかと思ったり・・・・もっと肺気腫について家族が勉強するべきだったと後悔の日を送っています。
父の体自体がマスクが外せなくなってしまった理由もいまだあまりよく分かっていませんし、どうして急にマスクが外せなくなってしまったのか・・・色々 ネットで調べている中で こちらのブログにたどり着きました。
一年前の今に戻って もう一度 父の看病をやり直したいと過去ばかりを振り返ってしまいます。

投稿: るみ | 2015年7月29日 (水) 12時51分

egechanさん、高瀬まどかです。
長い間、いただいたコメントにお返事せず、申し訳ありませんでした。
いろいろありまして……。
すみません。
あと少しで、遺産相続の件などが片付きそうなのですが、それが済んだら、今度は、私が、介護中の無理から発症した座骨神経痛がいまだに治らないため、そろそろ本格的に治療に専念しようと考えているところです。
このブログについても、もっと頻繁に見に来るように、気をつけますね。
今後とも、よろしくお願いいたします。

投稿: 愛する奥様 | 2015年10月10日 (土) 14時30分

るみさん、故・高瀬勇の妻、高瀬まどかと申します。
お返事が遅れまして、大変申し訳ありませんでした。
このブログを見つけてくださって、ありがとうございます。

るみさんのお父様は、在宅酸素になってからの進行が、速かったのですね。
そんなお父様をずっと介護されてきて、思ったよりも早くお父様を旅立たせることになってしまったるみさんは、とてもお辛かっただろうなあ、と思います。
でも、せいいっぱい介護されたのですから、どうぞ、ご自分を責めたりなさらないでくださいね。
肺気腫の人の介護というのは、特にその最後の頃には、本当に大変なのですから。

肺気腫は、原因となりそうな要素と体質との兼ね合いによって、発症したりしなかったりする、と聞いています。

たとえば、るみさんのお父様が、喫煙されていらし
たかどうかはわかりませんけれども、このタバコ1つ取っても、どれだけ吸っても長生きする人もいれば(もちろん、肺は確実に悪くなるわけですが)、早い時期に肺をいためてしまう人もいるわけです。

また、進行度合いについては、肺の状態や、基礎体力、免疫力、気力など、いろいろな要素が影響してくるのではないかと思います。

ですから、こればかりは、誰のせいでもありません。

主人が初めてのナルコーシスで病院に担ぎ込まれ、退院後に在宅酸素になった時、在宅酸素を始めてからの平均的な生存年数は5年だと、医師から告げられました。
つまり、在宅酸素になってから、5年経たないうちに亡くなる人もいれば、もっと長く生きる人もいる、ということだろうと思います。

主人の場合に限っていえば、もともと体力があり、腹筋も強く、それは、病院の先生方や理学療法士さんたちにも驚嘆されるほどでした。
また、好奇心が強く、最後まで、新しい仕事の企画を思いついたりしていました。
それを掘り下げるほどの集中力は、最後の頃には、もうありませんでしたが。

さらに、肺気腫やその治療法について、自分で調べたり、新しい機能を持つパルスオキシメータを探して、使用テストさせてもらったり、自腹で購入したりもしていました。
生き延びることに、意欲的でした。

そういったことが幸いして、在宅酸素になってから16年半も生き延びられたのかなあ、と思います。
でも、もちろん、主人も、最後には、BiPAPのマスクなしでは生きられなくなり、それから短期間で亡くなったのですが。

とにかく、るみさんは、本当によく介護なさったのですから、どうか、お父様の介護に関して、後ろ向きにはならないでくださいね。

私も、るみさんのお父様のご冥福を、心からお祈りさせていただきます。

投稿: 愛する奥様 | 2015年10月10日 (土) 15時19分

るみさん、故・高瀬勇の妻、高瀬まどかと申します。
お返事が遅れまして、大変申し訳ありませんでした。
このブログを見つけてくださって、ありがとうございます。

るみさんのお父様は、在宅酸素になってからの進行が、速かったのですね。
そんなお父様をずっと介護されてきて、思ったよりも早くお父様を旅立たせることになってしまったるみさんは、とてもお辛かっただろうなあ、と思います。
でも、せいいっぱい介護されたのですから、どうぞ、ご自分を責めたりなさらないでくださいね。
肺気腫の人の介護というのは、特にその最後の頃には、本当に大変なのですから。

肺気腫は、原因となりそうな要素と体質との兼ね合いによって、発症したりしなかったりする、と聞いています。

たとえば、るみさんのお父様が、喫煙されていらし
たかどうかはわかりませんけれども、このタバコ1つ取っても、どれだけ吸っても長生きする人もいれば(もちろん、肺は確実に悪くなるわけですが)、早い時期に肺をいためてしまう人もいるわけです。

また、進行度合いについては、肺の状態や、基礎体力、免疫力、気力など、いろいろな要素が影響してくるのではないかと思います。

ですから、こればかりは、誰のせいでもありません。

主人が初めてのナルコーシスで病院に担ぎ込まれ、退院後に在宅酸素になった時、在宅酸素を始めてからの平均的な生存年数は5年だと、医師から告げられました。
つまり、在宅酸素になってから、5年経たないうちに亡くなる人もいれば、もっと長く生きる人もいる、ということだろうと思います。

主人の場合に限っていえば、もともと体力があり、腹筋も強く、それは、病院の先生方や理学療法士さんたちにも驚嘆されるほどでした。
また、好奇心が強く、最後まで、新しい仕事の企画を思いついたりしていました。
それを掘り下げるほどの集中力は、最後の頃には、もうありませんでしたが。

さらに、肺気腫やその治療法について、自分で調べたり、新しい機能を持つパルスオキシメータを探して、使用テストさせてもらったり、自腹で購入したりもしていました。
生き延びることに、意欲的でした。

そういったことが幸いして、在宅酸素になってから16年半も生き延びられたのかなあ、と思います。
でも、もちろん、主人も、最後には、BiPAPのマスクなしでは生きられなくなり、それから短期間で亡くなったのですが。

とにかく、るみさんは、本当によく介護なさったのですから、どうか、お父様の介護に関して、後ろ向きにはならないでくださいね。

私も、るみさんのお父様のご冥福を、心からお祈りさせていただきます。

投稿: 愛する奥様 | 2015年10月14日 (水) 09時16分

高瀬まどか様

お返事 そして 労わりのお言葉 本当にありがとうございます。
「肺気腫」という病気が これほどまでに命に関わる病気であると知らず 風邪を引かなければ大丈夫だとくらいしか思っていなかったのですが、人によっては進行性が早かったり 色々な要素が影響して変わってくるものなのだと実感しました。
また、多くの方が「肺気腫」という病気の知識も少なく 情報も得にくいと思いました。

ですので、この故・高瀬勇様の「O SANSO]のブログは 本当に貴重なっものであると思います。
もっと早くにこのブログと出会っていたら・・・・とつくづく思います。
egechanさんがおっしゃるように どうかご負担のない範囲でこのブログを残していただければ 今後「肺気腫」と戦う人にとってとても貴重な情報源になると思っています。

また、個人的な質問で恐縮ですが、もし、差しさわりなければ教えていただきたいのですが、帝人NPPVを使用するようになられた頃、血ガスのPaCO2は どれくらいあられたのでしょうか?
また、一日中 マスクをすることになったときは、どれくらいの数値になられたのでしょうか?

私の父は、ナルコーシスになり、PaCo2が75Torr 前後でそれ以上下がらず 最初は 夜だけ帝人NPPVを開始しました。
マスクが取れなくなった頃には、PaCo2が133ほどになっており 病院のBipapに変えると90前後まで下がったのですが、マスクを取ると逆に苦しくなり 一日中 マスクをした状態となりました。

もし、ご迷惑でなければ ご参考までにお教えいただければありがたく存じます。

これから 肌寒くなってまいりますので どうか お体ご自愛の上、お過ごしくださいませ。
お忙しい中 本当にお返事いただき ありがとうございました。

投稿: るみ | 2015年10月19日 (月) 08時05分

るみさん、またお返事が遅れまして、申し訳ございません。

実は……、主人亡き後、あまりにもいろいろなことが起き、今もややこしいことを抱えておりまして、そのことで日々頭がいっぱいで、介護中の細かいことが、記憶から飛んでしまっているのが、現状です。

あとで、介護中の資料などを見つけましたら、その時にお答えさせていただいて、よろしいでしょうか。

その時には、また書かせていただきますね。
よろしくお願いいたします。

投稿: 愛する奥様 | 2015年11月 4日 (水) 11時33分

高瀬まどか 様
ご主人の介護からその後の整理ご苦労様です。私もCOPDと診断されて、O-SANSOさんのブログを知ったのですが、医者によってはCOPDではないという人もいて、結局最高の主治医は自分自身だなと思っています。奥様は坐骨神経痛で闘病中とのことですが、私も脊柱管狭窄症による腰痛で悩まされております(COPDなどもう眼中にないくらいです)。70歳も過ぎたので、手術は考えてなくて、日常生活に気を付け、自分でリハビリするだけであとは成すに任せる方針です(病院や診療所等には年1回くらいしか行きません)。朝、起床時が一番つらいのですが、高瀬さんはどうですか?

投稿: egechan | 2016年1月 9日 (土) 00時09分

egechanさま、高瀬まどかです。
長いこと、お返事申し上げず、失礼いたしました。

egechanさんも、脊椎管狭窄症ですか。
実は、私も、主人亡き後の処理が一段落した後、きちんと診察を受けたところ、ただの座骨神経痛ではなく、変形性腰椎症に、脊柱管狭窄症、そして、腰椎すべり症があり、なおかつ、すべったところの骨がグラグラして神経にさわる腰椎不安定症、という診断でした。

どうりで、治療院の手技では手に負えなかったわけです。

このような故障を抱えるには、私は若いほうなのですが(59歳になったばかりです)、このような故障は、年齢と関係なく、起きる時には起きるものですね。

それで、今月の19日に、内視鏡による手術(固定術)を受けたのです。
腰に5ヶ所穴をあけて、グラグラしている骨を、その上の骨にボルトで留める手術です。
小さな穴を開けるだけなので、縫合などもしません。
とても新しい手法です。
そして、実は、今日、退院してきたばかりなのです。

退院してきたとはいっても、違和感や痛みが落ち着くまでには、3ヶ月ほどかかるようで、その上、ボルトで固定した骨がすっかり固まるまでには、さらに3ヶ月ほどかかるんだそうです。
これ、かつてプルシェンコも受けた手術だそうです。
内視鏡を使った手術だったのかどうかは、わかりませんが。

それはそうと。
今回、手術を受ける前までは、私、半年ほど、少しでも腰のために良いかと思って、水中ウォーキングをしていたんですね。
やってみたら、これが楽しくて、とても気に入ってしまったんです。
ただ、術後、これを再開するとすれば、どんなに早くとも、あと半年ほど先まで、待たなくてはなりません。
待ち遠しくて、仕方ないです。

egechanさん、egechannさんの脊柱管狭窄症ですけど、もしも病院にかかるほどでないのであれば、水中ウォーキングをなさるのはいかがでしょう。
もしご興味があれば、ですが。

私の場合、区のスポーツセンターのクラスに参加していたので、料金は格安でした。
一緒に参加されていた方々のほとんどは中高年から後期高齢者までの方で、腰や膝などに問題を抱えておられる方ばかりでした。
そして、その中には、辛抱強く水中ウォーキングを続けているうちに、腰や膝の痛みがなくなった、という方も、何人かおられましたよ。

とにかく。
背骨を痛めるとどれだけ辛く、どれだけ生活が制限されるかは、私も身をもって体験しましたので、egechanさんも、どうぞ、お大事にされて、お過ごしくださいね。

投稿: 愛する奥様 | 2016年1月27日 (水) 16時50分

高瀬まどか 様
やはり、脊柱管狭窄症でしたか。それでご主人の介護はさぞかし大変なご苦労だったでしょう。内視鏡手術でも入院1週間、術後の回復に3か月かかるのですか。脊柱管の損傷がひどい場合は、手術しても結果が芳しくない例も多いと聞きますが。高瀬様のその後の状態もお知らせください。参考にしたいと思いますので。
医者の言では私の状態で「手術を勧める医者はどこにもいないよ」といっていました。しかし、その後、自覚症状としてはゆっくりではあっても進行しているように思えます。私に対しても医者は「水中ウォーキングがいいよ」といいましたが近くに屋内プールがなくて、仕方なく自転車で徘徊しています。これ以上自覚症状が悪化した時点で手術も考えてみます。

投稿: egechan | 2016年2月14日 (日) 00時32分

先ほどのコメントへの追加です。
私の場合は腰部脊柱管4番と5番の間、1か所が狭窄です(これが最も多いそうですね)。人によっては複数個所狭窄が起こっており、それによって、手術、入院、回復時間が大きく異なるとも聞きました。高瀬様の場合は何か所だったのでしょうか?もし、公開されたくないのであれば、私のメールアドレス宛にでもお送りくだされば助かります。
勝手なお願いですが、宜しくお願いいたします。

投稿: egechan | 2016年2月14日 (日) 20時38分

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